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赤坂に昔からある寿司屋「鮨勝」の大将と女将さんの話。 鮨勝(中央区赤坂)

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  2020/07/26   ※記事公開時の日付です

ずっと書けなかった話

ずっと書こうと思っていたけど、書けなかった話を書きます。食べ物の話はあまり多くは出てきません。小さな鮨屋とそこの大将、女将さん、それから私の父のことです。まちにあるお店とそこに通う一人の常連客のことだと言えば、ごくふつうのありふれた日常。でも、ちょっとうそみたいで本当にあった話です。

 

2007年の4月のある日、当時会社員だった父は決算関連の仕事を終えて、部下の方々を連れて食事会に出かけていました。行先は、赤坂1丁目にある「鮨勝」。古い民家の1階が店舗になっていて、カウンターだけで10席もない小さなお店です。前を通るといつもきれいに、しわのない真っ白なのれんがかかっています。

 

カウンター

 

大将は父の高校時代の同級生で、高校3年生のときに彼女とかけおちしてどこかに行ってしまったらしいのですが、鮨職人になって「鮨勝」をオープンしました。そのかけおちした相手というのが「鮨勝」の女将さん。小柄でかわいらしく、笑顔のすてきな方です。

 

乾杯を終えた後、父はそのまま店で倒れてしまいました。くも膜下出血でした。幸い、その場にお医者さまがいたそうで、搬送までに適切に応急処置をしてもらったようです。それからすぐに救急車が来て、国体道路を通って済生会病院に搬送されました。その道中、一緒に救急車に乗ってくださった部下の方が自宅に電話をかけてくださり、父が倒れたことを知りました。

 

電話を取ったのは母で、急を要する状態だというのはすぐに私に伝わってきました。「受話器の向こうから聞こえてきた救急車の音で、いやな予感がした」といったことをあとで口にしていましたが、そんな電話を取るのはすごくつらかっただろうなと思い返します。電話のあと、すぐにタクシーを手配して、私と母は一緒に病院へ向かいました。

 

電話の内容から、命に危険が迫っていることは承知のうえでした。そして、病院に着いたときの父の容態から、その晩が峠かもしれないと私は覚悟していました。深夜でしたが、父の同僚や部下の方が病院に来てくださり、あたたかい言葉をかけてくださったのを覚えています。長時間にわたる手術が終わり、父は一命をとりとめることができました。まだ生きているべき存在なんだと、神さまが決めてくださったのだと思いました。(おかげさまで父は今でも元気にしています)

 

父の命を救ってくださった方々にお礼をしたいと思っていました。できればその場にいた全員に。何より、「鮨勝」の大将と女将さんにも会いたいと思っていました。しかし、その思惑はかなわなくなってしまいました。父が倒れた1カ月後、今度は「鮨勝」の大将が脳卒中で倒れ、亡くなってしまったからです。

 

同じ年齢、同じ場所、同じ原因で倒れたのに、なぜ父は助かって大将はそうでなかったのか、考えて答えが出るわけではありませんが、私はそのことがしばらく頭から離れませんでした。せめて、亡くなる前に一度でも会ってお礼をしたかった。すぐに行動に移せなかった自分を悔やみました。

 

そんなことをずっと思い続けていると、いつからでしょうか。父の命の半分は、亡くなった大将の命なんだと考えるようになりました。だから、「鮨勝」の女将さんのことも他人とは思えないのです。女将さんのことも、自分の母親のように大切にしなきゃと思うようになりました。

しゃりが好き

その数年後、初めて「鮨勝」ののれんをくぐりました。今はネタの数を少なくして、女将さんが一人で店を切り盛りしています。父の娘であることを女将さんに伝えると、ものすごく歓迎してくださり、父の話や大将の話をしてくださいました。お店に行くまでにずいぶん長いこと時間が経ってしまったのは、女将さんにかける気の利いた言葉が見つからないままだったのと、ちゃんと冷静でいられるかどうか自分に自信がなかったからです。

 

何度か店に通うと、少しずつ緊張がほどけていきました。女将さんは「真由さん、元気してた?」「お仕事はどう?」といつもやさしく気にかけてくださるので、私はなんだか実家より実家に帰ったような気分で過ごすことができます。

 

女将さんは、お酒のあてになる小鉢と巻物、ちょっとした握りをつくってくれます。と言っても、鮨の修業をされているわけではないので握りやすいネタをほんの少しだけ。「ちょい飲みセット」はビールの小瓶(キリン一番搾り)かお酒か焼酎1杯、小鉢2品、それに握り4貫くらいで1200円です。女将さん、もっと値段上げていいよ。

 

ちょい飲みセットの小鉢とガリ

 

この前お店に行ったときのことです。「一貫だけ、しゃりがちょっと大きくなっちゃったけど、いい? 食べれる?」と、女将さんが申し訳なさそうに笑って、本当にしゃりが大きな握りが出てきたことがありました。その大きな握りを見たときに、ふと涙が出そうになりました。大将と女将さん、父の話とその記憶が一気によみがえってきたからです。泣きそうなのを我慢しながら、ネタからはみ出たしゃりをちょっとずつちょっとずつ、箸でほぐして食べました。女将さんの握ってくれる大きなしゃりの鮨が、私は大好きです。

 

しゃり大きめ

 

※記事の内容は取材時点のものです。
※古い話の細部は一部違っているかもしれません。
記憶の限りのため何卒ご容赦ください。

安永真由

ライター/ディレクター

大衆酒場から高級ガストロノミーまでLOVE。辛いものを食べるときは汗だくになります。

 

■店舗情報

店名 鮨勝
ジャンル 寿司
TEL 092-771-0101
住所 福岡県福岡市中央区赤坂1-1-16
交通手段 地下鉄赤坂駅より徒歩5分、西鉄バス「警固町」停より徒歩3分
営業時間 (おそらく)11:30~13:30くらい、17:00~21:00くらい ※問い合わせが確実です
定休日 日曜、不定

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