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村上春樹と落語とラーメン、あるいは100%の秋の夜について【寿限無@高砂篇】 中華そば寿限無(中央区高砂)

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醤油ラーメン・クロニクル

ある9月の夜のこと。
日中、予想もしなかったトラブルに見舞われた僕は少し疲れていたのかもしれない。ノートパソコンを開いたまま、書きかけのメールや資料が山ほど残っているにも関わらず、無性に走りたくなったのだ。
走ることは文章を書くことと似ている。
それらはある一つのかたちをなしていて、予告もなく唐突に、僕のまわりに存在するようになる。書きたいという欲望。そして、走りたいという衝動は、形而上学的に永遠に僕を支配し続けるのかもしれない。
青色のスウェットにTシャツ。3日前に近所のスポーツショップで買ったばかりの赤色のランニングシューズ。それはまるでシチリアの太陽みたいに、明るくて陽気な色をした。
何かに導かれるように坂道を下る。すれ違う人々と時折目が合い、彼らは不思議そうに僕のほうを見ていた。
BOSEのイヤホンから流れるFM放送にあわせて、僕はどうやらロッシーニの『泥棒かささぎ』の序曲を口笛で吹いていたらしい。
やれやれ、変な人だと思われたことだろう。
それもまあ仕方ない。
100%のランニングなんて、この世には存在しないのだから。
目的地の近くまで来ると、50メートルほど先に赤い提灯がぼうっと光っているのが見えた。

それはある種、僕にとってのゴールを意味していた。

豚骨ラーメン殺し

高く堅固なラーメンという壁と痩せたい欲求があって、 その欲求はラーメンという壁にぶつかりいとも簡単に割れてしまう。 けれどそんな時に僕は、常にラーメンの側に立つ。つまりはそういうことなのだ。

暖簾をくぐり、引き戸を開ける。白い割烹着を着ていた店主は、僕がカウンター席に腰掛けるのとほぼ同時に「食券をお願いします」と言った。

カウンターの端にはサラリーマンが一人。店名からもわかるように、店主の趣味なのだろう。店内には雑音まじりの落語が、まるで深夜のテレビコマーシャルみたいに無機質に流れていた。僕が店主に食券を手渡してから5分。僕が求めていたラーメンがついに、目の前に現れた。

100%のラーメンについて僕が思うこと

ラーメンは醤油ラーメン1種類、750円。トッピングでチャーシューや煮玉子が用意されている。
白ネギ、メンマ、ほうれん草、なると、焼き海苔。これが僕の探していた100%の醤油ラーメンなのかもしれない。

「100%のラーメンだって? そんなものあるわけないさ」
君は僕のことをそう言って笑うかもしれない。
もちろん完璧なラーメンなんてものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。それでも僕は信じている。100%のラーメンは、すでに僕の近くで息を潜めているかもしれないのだから。

スープをひと口すすれば、鶏油らしき上品な香りが鼻に抜け、少し甘味のある魚介や醤油の存在を感じることができる。それらはやさしく、しかし力強く僕の五感を満たしていく。
「スープは豚と鶏。長ネギ、タマネギ、生姜などの香味野菜も入っています」と店主。なるほど、このマイルドな甘味はどうやら野菜からきているらしい。
麺は、店主の出身店でもある一幸舎の製麺所「慶史」の特注麺。

醤油ラーメンや中華そばといえば、加水率が低い小麦麺や多加水の玉子ちぢれ麺を想像するけれど、ここの麺はちょっと違う。細麺ではなくもっちりと太い。それは僕にとって象徴的な出来事だった。時計の針は8時45分を指していた。
外に出ると、ひんやりとした風が僕の頬をかすめた。パーカーのジップを首元上げ、もと来た道を足早に進んでいく。やれやれ、ランニングに出て来たのにすっかりラーメンをたいらげてしまった。僕の心は満たされながらも、ある言葉にすっかり支配されそうになっている。
「可能性がまわりに充ちているときに、それらをやりすごして通りすぎるというのは大変にむずかしいことなんだ」

安永真由

ライター/ディレクター

ラーメンやうどんなど麺類を愛する。ほかにはカレー/卵料理/純喫茶/洋食/古い店/お酒全般。辛いものを食べるときは汗だくになります。

 

■店舗情報

店名 中華そば寿限無
ジャンル ラーメン
TEL 092-791-9685
住所 福岡市中央区高砂1-18-1 高砂イングビル 1階
交通手段 西鉄天神大牟田線薬院駅から徒歩8分。地下鉄七隈線渡辺通駅から徒歩7分
営業時間 11:30~15:00、18:00~21:00
定休日 月、第2日曜

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